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東京高等裁判所 昭和61年(う)757号 判決 19190年 5月 30日

主文

原判決中被告人Dに関する部分を破棄する。

被告人Dを懲役一〇月に処する。

被告人Dに対する本件控訴事実中、詐欺未遂(予備的訴因相続税法違反)の点については、同被告人は無罪。

被告人Cの本件控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人中村悳、同小林明隆、同伊藤卓蔵連名の控訴趣意書(被告人両名関係)、弁護人丸尾芳郎、同豊島時夫、同藤田剛、同葛井久雄連名の控訴趣意書(被告人C関係)、弁護人葛井久雄、同豊島時夫、同丸尾芳郎、同藤田剛連名の控訴趣意書(被告人D関係)及び弁護人葛井久雄名義の控訴理由の補充書(被告人D関係)に、これに対する答弁は、検察官杉原弘泰名義の昭和六二年一月二八日付(被告人C関係)及び同年二月九日付(被告人D関係)各答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  弁護人中村悳、同小林明隆、同伊藤卓蔵連名の控訴趣意(以下、弁護人中村悳外二名連名の控訴趣意という。)第一点(事実誤認の主張)について

所論は、原判決は「罪となるべき事実」第一において、被告人C及び同Dが仮装の借入金二億円を計上して相続税の申告をすることにつきQと共謀したのみならず、この額をQの取得財産の価格のみから控除して相続税の申告をすることについてまでQと共謀したと認定しているが、仮装した二億円の債務をQ一人で負担することについてはなんら相談がなされていないことは証拠上明白であり、この二億円の債務をQ一人の負担とするとの点は、被告人C、同Dとの共謀の内容ではなく、それから更に一歩を進めたものであり、そのほ脱額の全額について被告人両名が共謀共同正犯としての責任を問われるものではない、このように被告人両名が有していた故意と現実にQによってなされた犯罪行為(申告書の提出)の間には齟齬があり、被告人両名の意図していた方法によって実現される相続税のほ脱額ははるかに少額のものであったのであるから、原判決にはこの点において判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、記録を調査して検討すると、被告人両名は、原審公判廷において原判示第一の相続税法違反の事実を共謀の点を含めて全て認めていたのであって、これら被告人両名の原審公判廷における供述を含めた関係証拠によれば、優に共謀の点を含め原判示第一の事実を認めることができ、原判決には所論のような事実誤認はない。すなわち、関係証拠によれば、被告人両名は、昭和五八年八月二四日被告人Cの経営する株式会社甲野の事務室において、分離前における原審相被告人Q、同B、同E、同Fらと会談し、原判示第一の犯行の共謀を遂げたのであるが、この際Qは、被告人両名に対し、同人の父Pの死亡に伴い、自分が約六億円の遺産を相続し、約二億円の相続税がかかるが、税金が安くなるよう相談に乗ってくれるよう依頼し、被告人両名はこれを承諾し、被告人Cの発案で、株式会社甲野が生前のPに二億円を貸し付けたことにし、この架空債務の計上により右Qの相続税の脱税を図る旨の共謀が被告人両名、Q、B、E、Fの間に成立したのであって、そこで話し合われたのはQの相続した財産額、同人にかかってくる相続税及びこれを二億円の架空債務を計上して脱税するということであって、所論のように被告人両名がPの遺産の総額を六億円と誤解していたものでもないことは明白である、そうするとQが右二億円の仮装債務をQ一人の負担として相続税の申告をしたのは前記共謀に従ったものでそこになんらの齟齬もないというべきである。論旨は理由がない。

二  弁護人中村悳外二名連名の控訴趣意第二点(事実誤認又は法令適用の誤りの主張)について

所論は、原判決は、被告人両名がQらと共謀のうえ、七八五万七一四五円の未払利息(仮装債務の利息)を仮装計上した旨認定しているが、被告人両名及びQらの検察官に対する供述調書等によれば、昭和五八年八月二四日株式会社甲野の事務室で会合した際、合意されたのは二億円の仮装債務を計上して相続税をほ脱することと、この債務を真実らしくみせるため利息を月二分とし、その利息が支払われているかのような領収証を作成することに限られているのであるから、領収証のない昭和五九年一月から被相続人Pの死亡までの金利七八〇万円余を債務に計上することについて被告人両名及びQらの間に何らの共謀もないのに、この点について被告人両名とQらとの間に共謀があるとした原判決は事実を誤認したものであるか、あるいは原判決がこの点について共謀がなくても二億円の仮装債務の計上申告という点について共謀がある以上、利息債権をも含めた全額について被告人らが刑事責任を負わなければならないとしたとすれば、相続税法六八条一項の解釈適用を誤ったものというべく、いずれにしても破棄を免れない、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、関係証拠、とくにQの検察官に対する昭和六〇年一〇月一五日付供述調書、Rの検察官に対する同月一一日付供述調書及び被告人Dの検察官に対する同月一五日付供述調書によると、昭和五八年八月二四日に行なわれた株式会社甲野の事務室における前記共謀の際、被告人両名は、Pの株式会社甲野に対する二億円の架空債務につき、昭和五七年一〇月から一二月までの三か月分だけ生前のPが甲野に配当(利息)を支払ったことにしてその旨の領収証を作成してQに渡し、これを税理士に渡して相続税の申告書を作成して貰うよう指示するとともに、昭和五八年一月以降の利息については未払いということにするようQに指示していることが認められる。そうすると被告人両名が、原判示第一の相続税の申告につき昭和五八年一月以降の利息を未払債務として計上することを認識していたことは明らかであるから、原判決には所論のような事実誤認も法令適用の誤りもない。論旨は理由がない。

三  弁護人中村悳外二名連名の控訴趣意第三点(法令適用の誤りの主張)について

所論は、原判決は、「罪となるべき事実」第二において、被告人DがQらと共謀のうえ、昭和五八年一二月二二日町田税務署において、前記二億円の債務をQが単独で負担することとなり、かつ、この外三億円の債務のうち二億五〇〇〇万円をQが負担すべきこととなったので、これを控除すると同人の課税価格は一三九九万五〇〇〇円でこれに対する相続税額は四三〇万七七〇〇円となる旨の内容虚偽の相続税の更正の請求書を提出した事実及びその際同税務署総務課長に対して、右借入金三億円が真実の債務である旨虚偽の事実を申し向けた事実につき相続税法六八条一項のほ脱罪の成立を認めているが、被告人Dの右行為は、相続税法六八条一項にいう「偽りその他不正の行為により相続税を免れた」罪の未遂に止まるものであって、相続税法に未遂犯処罰の規定を欠く以上不可罰のものと考えられるので、原判決には相続税法六八条一項の解釈適用を誤った違法があり、破棄を免れないというのである。

そこで、検討するに、原判決は「罪となるべき事実」第二として、「被告人Dは、分離前の原審相被告人Qにおいて、第一記載の相続税申告書に計上した株式会社甲野からの借入金二億円の債務の存在につき他の共同相続人から疑いを持たれたので、同債務をその後共同相続人九名で均等に負担することに改め、右Qの課税価格は四億四一七七万三〇〇〇円でこれに対する相続税額は一億六三八六万一〇〇〇円である旨の修正申告書を前記町田税務署長に対して提出したものであるところ、右Q、分離前における原審相被告人B、同G及び同Hと共謀のうえ、更に右Qの相続税を免れようと企て、昭和五八年一二月二二日、前記町田税務署において、同税務署長大西啓夫に対し、真実はそのような事実がないのにかかわらず、前記Pの借入金二億円は共同相続人九名で均等に負担するのではなく、右Qが単独で負担することとなったうえ、右Pには右Hに対して借入金三億円の債務があり、このうち二億五〇〇〇万円を右Qが負担すべきこととなったので、これら借入金合計四億五〇〇〇万円等を控除すると、同人の課税価格は一三九九万五〇〇〇円でこれに対する相続税額は四三〇万七七〇〇円となる旨の内容虚偽の相続税の更正の請求書を内容真実なるもののように装って提出して右相続税の減額更正を求め、更に、同日、同所において、右更正の請求書を受理した同税務署総務課長剱持哲司に対し、右G及び同Hにおいて、こもごも同請求書記載と同様の詐言を申し向けたり、「Hはんはいろいろ事業をやってて金持ちなんですわ。」、「それ位貸す金持ってますわ。」、「間違いありまへん、そやからはよう決定を出したってや。」などと虚偽の事実を申し向け、もって不正の行為により右修正申告にかかる相続税額と右更正請求書記載の申告税額との差額(ただし、判示第一の犯行により成立した相続税ほ脱罪と評価が重複する六五八一万七四〇〇円、判示第一記載の申告の際に相続税本税分として納付した四万三六〇〇円及び右修正申告の際に同じく納付した一万七四〇〇円を控除)九三六七万四九〇〇円を免れた」旨の事実を認定し、これに刑法六〇条、六五条一項、相続税法六八条一項を適用している。

すなわち、原判決は、原判示の修正申告後、被告人DがQ、B、G、Hと共謀のうえ、Qの相続税を免れようと企て、内容虚偽の相続税の更生の請求書を税務署長あてに提出する等して相続税の減額更正を求めたという事実関係において、本件が相続税法六八条一項にいう「相続税を免れた」場合に当たるとし、「争点に対する判断」の項において、被告人Dの弁護人の、「判示第二の所為は、相続税ほ脱の未遂であり、無罪である」との主張に対する判断として、原判示の修正申告後「右Qは更に、判示第二記載のとおり、被告人Dらと共謀のうえ、新たに架空債務を計上するなどして、右修正申告に基づく確定税額を四三〇万七七〇〇円に減額すべき旨の更正請求書を提出し、これを受理した町田税務署担当者に対し、請求書の内容が真実であるかのように欺罔工作を行ったのであり、このような場合には、被告人Dらと共謀のうえ、右Qにおいて未納付の相続税について、更正請求書において納税義務の存在を認める部分を越える税額について、これを納付しない態度を表明しているのであるから、法の期待する正しい納税義務を履行しない意思が確定的に表現されたものとして、税務署長による更正処分のいかんに拘わらず相続税ほ脱犯(既遂)が成立するものというべきである」と説明しているのである。

しかし、相続税法六八条一項は、偽りその他不正の行為により、相続税等を免れるという結果が発生した場合を処罰するのであるから、同条項違反の罪が成立するためには、単に納税義務者の相続税を納付しない意思が確定的に表明されているというだけでは足りず、「相続税を免れる」という結果が発生していることを要するのである。もし、原判決のいうところが、納税義務者の相続税を納付しない意思が確定的に表明されることにより「相続税を免れる」という結果が発生するという趣旨であるとすれば、それは少なくとも本件のような場合にはあてはまらないというべきである。すなわち、本件のように当初申告又は修正申告によりいったん具体的租税債権の確定をみている場合については、更正請求自体はなんら右租税債権を減少又は消滅させる効果を生ぜず、国税通則法二三条五項によれば、更正の請求があった場合においても、税務署長はその請求にかかる納付すべき国税の徴収を猶予しないものとされ、確定にかかる具体的租税債権に基づき滞納処分を行なうことすらできるのであるから、このような段階において納税義務者が「相続税を免れる」結果が発生していると解するのは相当ではない。本件のように、当初申告又は修正申告によりいったん具体的租税債権の確定をみている場合につき、相続税法六八条一項の「相続税を免れる」結果が発生しているというためには、単に納税義務者から更正請求がなされているだけでは足りず、税務署長の更正処分により前記具体的租税債権の減少又は消滅の効果が生じていることを要するものというべきである。

検察官は、申告納税制度を採用している相続税法の下において、納税義務者がいわゆる確定申告に当たり、偽りその他不正の行為によって過少申告をすれば、ほ脱犯が成立するが、それはそのような過少申告が、納税義務者において本来納付すべき額の税の納付を免れ、国の租税収入を減少させる具体的危険のある状態を生じさせる行為であるからであって、同じく相続税法による更正請求は、これまた納税義務者が本来納付すべき額の税の納付を免れ、国の租税収入を減少せしめる具体的危険のある状態を生じさせる行為であって、その性質においていわゆる確定申告における過少申告と異なるところはないのである、したがっていわゆる確定申告における不正申告がそれ自体ほ脱犯を構成するのと同様に、不正行為による更正請求もそれ自体ほ脱犯を構成すると主張する。

しかし、納期前における虚偽過少申告は、所論のようにそれ自体ほ脱犯を構成するものではなく、法定納期限を経過し、正当税額より過少に具体的租税債権を確定させ、国家の課税権を侵害するに至って始めてほ脱犯は既遂となるのであって、この場合と対比してみても、当初申告又は修正申告によりいったん具体的租税債権が確定している場合には、更正請求自体によっては右租税債権の減少又は消滅の効果を生ぜず、税務署長の更正処分によって始めて具体的租税債権の減少又は消滅の効果を生じ、国家の課税権が侵害されるに至るのであるから、右税務署長の更正処分によって始めて相続税のほ脱は既遂となるというべきである。結局、検察官の前記主張は理由がない。

そうすると、原判示第二の事実において、修正申告によりいったん具体的租税債権の確定をみている場合につき、原判決が、納税義務者から更正請求がなされただけでいまだ税務署長による更正処分もなされていないのに、相続税法六八条一項にいう「相続税を免れた」場合に当たるとしているのは、右法令の解釈・適用を誤ったものというべく、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

四  弁護人丸尾芳郎、同豊島時夫、同藤田剛、同葛井久雄連名の控訴趣意及び弁護人中村悳外二名連名の控訴趣意第四点(いずれも被告人Cについての量刑不当の主張)について

所論は、いずれも、被告人Cを懲役一年の実刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討すると、本件は、不動産業を主たる目的とする株式会社甲野の代表取締役であり、部落解放同盟乙野連合会の有力メンバーでもあった被告人Cが、分離前の原審相被告人B、同E、同Fを通じて同Qから相続税の脱税工作の依頼を受けるやなんら躊躇することなく承諾し、右Q、B、E及び被告人Dと共謀のうえ、相続税法一三条の規定を悪用し、株式会社甲野に対する架空の二億円の借入金債務を計上する等してQの相続税を免れようと企て、虚偽の領収証や借用証書をねつ造し、情を知らない税理士をして虚偽過少の相続税の申告をさせてQの相続税九一五四万円余をほ脱したという事案であって、ほ脱税額が高額で、ほ脱率も約四八パーセントとかなり高率であり、犯行態様も計画的かつ巧妙で、それ自体悪質な事案というべきである。

控訴人Cは、本件脱税方法の発案者で、自己の経営する株式会社甲野を架空債務の債権者とし、右架空債務を裏付けるため配当金(利息)の領収証をねつ造し、Qに借用証書のねつ造を指示するなど本件犯行において主導的立場にあったのである。

さらに、本件において注目すべきことは、Qが脱税によって得る利益の総額は、本件外の相続税の更正請求分及び土地の長期譲渡所得税の脱税分を加えても、約二億四五九〇万円であるのに対し、被告人Cや同D、B、E、F、Hらの共犯者の取得した報酬の合計額は約二億一六〇〇万円以上に上っているのであり、Qの負担した飲食費や交通費等の経費を考慮すると、本件犯行によってQの利得するところはほとんどなかったことが窺われるのに対し、他の共犯者らはそれぞれ多額の報酬を得ているのであり、とくに被告人Cは共犯者中で最も多い約八五〇〇万円(被告人Cに次いで多いEの二倍以上にあたる。)を受領しているのであって、このことは量刑上、とくに共犯者Qとの刑の権衡を考えるうえで看過できないところである。

その他、被告人Cは少年時の窃盗の犯行により服役したことがあるほか、傷害罪により二回罰金に処せられていること、本件以外にも他人の税金問題に関与していることが窺われることを考え合わせると、被告人Cの刑責は重いといわなければならない。

したがって、被告人Cが自己の報酬分だけでなく、E、F、Hらが返還すべき分をも併せて合計一億五四一〇万円をQに返還していること、法律扶助協会に一〇〇〇万円を贖罪寄附するなど反省の態度を示していること等被告人Cに有利な諸事情を十分に考慮しても、被告人Cに対し刑の執行を猶予すべきものとは認められず、被告人Cを懲役一年に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。論旨はいずれも理由がない。

五  被告人Dについての破棄自判

被告人Dについては、前記のように原判示第二の相続税法違反の事実につき判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるが、原判決は、被告人Dに対する判示第一ないし第三の罪は刑法四五条前段の併合罪の関係にあるものとして一個の刑を科しているから、原判決中被告人Dに関する部分はその全部について破棄を免れない。

よって、被告人Dについてのその余の論旨(量刑不当の主張)に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決中被告人Dに関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書に従い更に被告事件について判決する。

(法令の適用)

原判決が認定した罪となるべき事実のうち、判示第一の所為は、刑法六〇条、六五条一項、相続税法六八条一項に、判示第三の所為は、刑法六〇条、六五条一項、所得税法二三八条一項にそれぞれ該当するので、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、その刑期範囲内で被告人Dを懲役一〇月に処する。

(量刑の理由)

原判示第一の犯行は、分離前における原審相被告人B、同E、同Fを通じて同Qから、被告人Cとともにその相続税の脱税工作の依頼を受けた被告人Dが、被告人C、Q、B、E、Fと共謀のうえ、相続税法一三条の規定を悪用し架空債務を計上してQの相続税を免れようと企て、虚偽の領収証や借用証書をねつ造し、情を知らない税理士をして虚偽過少の相続税の申告をさせてQの相続税九一五四万円余をほ脱したというものであり、原判示第三の犯行は、Qから昭和五八年中に土地を譲渡したことに伴う長期譲渡所得税の脱税工作の依頼を受けた被告人DがQ、B及び分離前における原審相被告人Hと共謀のうえ、右所得税を免れようと企て、所得税法六四条二項の規定を悪用し、架空の連帯保証債務を計上するとともに、その履行のために土地を譲渡し、かつその履行に伴う求償権の行使ができなくなったかの如く仮装するなどの方法により所得を秘匿したうえ、分離課税による長期譲渡所得金額は零になるからこれに対する所得税はない旨の虚偽の所得税確定申告書を提出して、Qの土地売却にかかる長期譲渡所得税六〇六一万円余をほ脱したというものであり、ほ脱税額の合計は一億五二一五万円余という高額で、ほ脱率も原判示第一の犯行が約四八パーセント、原判示第三の犯行が土地の長期譲渡所得税については一〇〇パーセントと高く、犯行態様も計画的かつ巧妙でそれ自体悪質な事案である。

被告人Dは、印刷業及び行政書士事務所を営むかたわら、相談役という肩書で前記甲野に出入りし、被告人Cの仕事を輔佐していたものであるが、被告人CとともにQから相続税の脱税工作の依頼を受けて原判示第一の犯行を敢行し、さらにQから土地売却にかかる長期譲渡所得税の脱税工作の依頼を受け、部落解放同盟乙野連合会乙山支部の実力者であるHらと共謀して原判示第三の犯行に及んだものであり、本件犯罪の実行面における中心的な役割を担ったものであること、原判示第三の犯行につき部落解放同盟乙野連合会乙山支部の関係者を引き込み、同和団体の勢威を背景に申告を行なうなどしているのである。

さらに、本件において注目すべきことは、Qが脱税によって得る利益の総額は、本件外の相続税の更正請求分を加えても、約二億四五九〇万円であるのに対し、被告人Dや被告人C、B、E、F、Hらの共犯者の取得した報酬の合計額は約二億一六〇〇万円以上に上っているのであり、Qの負担した交通費や飲食費等の経費を考慮すると、本件犯行によってQの利得するところはほとんどなかったことが窺えるのに対し、他の共犯者らはそれぞれ多額の報酬を得ているのであり、被告人Dは他の者に比し少ないとはいえ約一〇〇〇万円を受領しているのであって、このことは量刑上、とくに共犯者Qとの刑の権衡を考えるうえで看過できないところである。

このほか、被告人Dは本件以外にも他人の税金問題に関与していることが窺われることをも考え合わせると被告人Dの刑責は軽視することができない。

したがって、被告人Dが受け取った報酬を被告人Cに返還し、同被告人はこれをQに返還していること、法律扶助協会に一〇〇万円の贖罪寄附をし反省の態度を示していること及び被告人Dの病気の状況等被告人Dのために酌むべき諸事情を十分に考慮しても、被告人Dに対し刑の執行を猶予すべきものとは認められず、主文程度の実刑はやむを得ないと認められる。

(一部無罪の理由)

被告人Dに対する本件公訴事実中詐欺未遂(主位的訴因)の点は、「被告人Dは分離前における原審相被告人Qにおいて、第一記載の相続税申告書に計上した株式会社甲野からの借入金二億円の債務をその後共同相続人九名で均等に負担することに改め、右Qの課税価格は四億四一七七万三〇〇〇円でこれに対する相続税額は一億六三八六万一〇〇〇円である旨の修正申告書を前記町田税務署長に対して提出していたところ、右Q、分離前における原審相被告人B、同G及び同Hらと共謀の上、更に右Qの右修正申告にかかる相続税の支払を免れようと企て、昭和五八年一二月二二日、前記町田税務署において、同税務署長大西啓夫に対し、真実はそのような事実がないのにかかわらず、前記Pの借入金二億円は共同相続人九名で均等に負担するのではなく、右Qが単独で負担することとなった上、右Pには右Hに対して借入金三億円の債務があり、このうち二億五〇〇〇万円を右Qが負担すべきこととなったので、これら借入金合計四億五〇〇〇万円等を控除すると同人の課税価格は一三九九万五〇〇〇円でこれに対する相続税額は四三〇万七七〇〇円となる旨の内容虚偽の相続税の更正の請求書を内容真実なるもののように装って提出して右相続税の減額更正を求め、更に、同日、同所において、右更正の請求書を受理した同税務署総務課長剱持哲司に対し、右G及び右Hにおいて、こもごも同請求書の記載と同様の詐言を申し向けたり、「Hはんはいろいろ事業をやってて金持ちなんですわ。」、「それ位貸す金持ってますわ。」、「間違いありまへん、そやからはよう決定を出したってや。」などと虚構の事実を申し向け、右剱持から報告を受けた前記大西をしてその旨誤信させて右請求どおりの更正を行わせて右修正申告にかかる相続税額との差額一億五九五五万三三〇〇円の支払を免れようとしたが、同税務署長において右Pの債務の存在に疑念を抱き右請求に対する更正を留保したため、その目的を遂げなかった」というのであり、予備的訴因(相続税法違反)は、「被告人Dは分離前における原審相被告人Qにおいて、第一記載の相続税申告書に計上した株式会社甲野からの借入金二億円の債務をその後共同相続人九名で均等に負担することに改め、右Qの課税価格は四億四一七七万三〇〇〇円でこれに対する相続税額は一億六三八六万一〇〇〇円である旨の修正申告書を前記町田税務署長に対して提出していたところ、右Q、分離前における原審相被告人B、同G及び同Hらと共謀のうえ、更に右Qの右修正申告にかかる相続税の支払を免れようと企て、昭和五八年一二月二二日、前記町田税務署において、同税務署長大西啓夫に対し、真実はそのような事実がないのにかかわらず、前記Pの借入金二億円は、共同相続人九名で均等に負担するのではなく、右Qが単独で負担することとなった上、右Pには右Hに対して借入金三億円の債務があり、このうち二億五〇〇〇万円を右Qが負担すべきこととなったので、これら借入金合計四億五〇〇〇万円等を控除すると同人の課税価格は一三九九万五〇〇〇円でこれに対する相続税額は四三〇万七七〇〇円となる旨の内容虚偽の相続税の更正の請求書を内容真実なるもののように装って提出して右相続税の減額更正を求め、更に、同日、同所において、右更正の請求書を受理した同税務署総務課長剱持哲司に対し、右G及び右Hにおいて、こもごも同請求書の記載と同様の詐言を申し向けたり、「Hはんはいろいろ事業をやってて金持ちなんですわ。」、「それ位貸す金持ってますわ。」、「間違いありまへん、そやからはよう決定を出したってや。」などと虚構の事実を申し向け、もって不正の行為により、右修正申告にかかる相続税額との差額一億五九五五万三三〇〇円の支払を免れたものである」というのであるが、原判決は主たる訴因である詐欺未遂の訴因を排斥し、前記相続税法違反の事実を認定しているところ、主たる訴因である詐欺未遂の訴因を排斥した原判決の判断は当裁判所もこれを是認することができる。そしてその理は、本件のようにいまだ「相続税を免れた」段階に至らないため、未遂犯処罰の規定を欠く相続税法によっては処罰することができない場合にあっても異なるところはない。すなわち、相続税法等の租税法の体系は、刑事についていえば、一般法である刑法の特別法をなすのであり、具体的な違法行為が税法の予定する犯罪類型に該当する限り、税法の適用を優先すべきであって、一般法たる刑法を適用すべきものではなく、さらに各種税法は、その犯罪類型を定めるにあたって、未遂犯処罰の要否を検討し、未遂犯処罰の必要なものについてはその旨の規定を設けており(未遂犯処罰の規定をおくものとして、物品税法四四条一項一、二号、酒税法五五条一項一、二号、印紙税法二二条一項一、二号、入場税法二五条一項一、二号等、予備・未遂を既遂と同様処罰するものとして、関税法一一〇条三項)、相続税法に相続税ほ脱の未遂犯処罰の規定がないのは、その未遂罪は処罰しない趣旨であると解されるから、これを一般法である刑法により詐欺未遂罪として処罰することは許されないのである。そうすると主たる訴因は採用できず、予備的訴因については、前示のとおり、被告人の前記所為はいまだ「相続税を免れた」ものとはいえず、相続税ほ脱の未遂にすぎないから、未遂犯処罰の規定を欠く相続税法によっては処罰することはできず、結局被告人の右所為は罪とならないから、刑訴法三三六条により主文三項のとおり被告人Dに対し無罪の言渡をする。

六  被告人Cについての控訴棄却

被告人Cの本件控訴はその理由がないので、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 朝岡智幸 小田健司)

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